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2004/09/10

航空写真

七五三 の話で定点観測的写真や日常をもっと写真に残そうと思ったか、
きっかけになる話です。

先般、路線価が発表されたが、路線価ではなく、公示価格を調べる
ことがあった。
国土交通省のWEBで公示価格は閲覧できるが、航空写真の公開
サービスも開始されている。
昭和44年くらいからのカラー映像が公開されている。
昨年のテストサービス段階では、もっと古いモノクロの物も公開さ
れていた。

実家付近、と今の自宅付近の航空写真を検索してみた。 高精度なので、家がはっきり確認できる。 昭和44年というと、私が9歳当時、航空写真という当時実際に目 にすることのなかった画像から、それが引鉄となって当時の事が いろいろ思い出された。 実家、その近所の実家が建つ前に住んでいた借家、私が産婆さんに 取り上げられた場所だ。今は解体されて存在しないその家。 それも航空写真には綺麗に写って見える。 この写真が撮影された頃、弟が産まれた。弟は先天的に心臓が大変悪く、 手術も困難、長生きはできないという診断だった。 母はそれを期に戦中から続けていた小学校教師を辞めたのだった。 昭和55年の写真なら、私が20歳の頃。 大学のいくつかの講義が難しくて、ついていくのにかなり苦労した。 母校の理系の留年率は4割を越えるはずである。大学生は勉強しない と良く言われているが、良く勉強しないかもしれないが、勉強しない では卒業はできないのである。 講義の難しさについては、クラスのほとんども同意見だったので何故か 安心したのだった。 もちろんテストまでには、なんとかしなきゃいけない。大変だった。 いまだに定期テストで単位を落して留年する悪夢を見る。 実際は留年していないのだけれど。相当なプレッシャーがあったのだ。 今の箕面の自宅は、義母の実家の跡地に建っている。袋地で建替え不可 の土地だったのだが、隣地が売りに出たので、私が購入して、古家を取り 壊して、新築したのだ。隣地だけ購入して、妻の家族の思い出のある古家 は当分残して置きたかっただが、1999年当時は土地だけでは住宅ローン は借りることができず、新築せざるを得なかったのだ。 古い航空写真には妻の母方の祖父母が住んでいた今は無い古い家屋の屋根 が見える。 私が会ったことがない妻の祖父母。姿は見えずとも、存在が感じられる。 妻と結婚した時には、この家は既に無住となって何年も経っていた。 傷んだ個所も多く、雨漏りもしていたが何度も泊まったことがある。 今の家の庭には、踏み石と一部の植栽が残っている。 妻方の両親、祖父母、そして自分の両親のことが思いやられる。 いろんな想いが起こる。 古い写真は不思議なものだ。それが航空写真という日常性のないもの 一見無味乾燥なものであっても、人はそこに時間の蓄積を感じることが できる。それがきっかけになり、それを通して時間が逆行し、記憶が 蘇り、更に連鎖していく。楽しい、寂しい、悲しい、懐かしい、嬉しい いろいろ混じりあって蘇る。 みなさんにも古い航空写真を閲覧してみることを勧める。

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