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2004/11/04

次男誕生の時

一昨年の11月4日に次男は誕生しました。今日で2歳です。
彼への誕生日プレゼントは、ジーナ社のボーン
(積み木)を用意しました。
出産の時、助っ人に来てくれる妻の母は既にないし、私の母は
逆に介護が必要な状況でした。
私がなんとか都合つけて動くしかありません。
妻が出産で入院中、当時3歳の長男は私と二人暮らしを1週間
ほど続けました。

私は、事前に出産から妻の入院期間中、9時半出社、4時退社 を会社に認めてもらいました。長男には、3歳児で判らない かもしれないですが、事情をきちんと説明し、協力してくれる 様に頼みました。 私は自分の記憶から、幼児でも大人の話は大抵理解できる、 と思っているからです。私は子供の前でその子供についての 話や他所の子の事を大人同士でしないことにしています。 みなさんも注意された方が良いと思います。 長男は幼稚園の3歳コースに通っていました。私は朝彼に朝食 を食べさせ、身支度をさせて、スクールバスに乗せてから出勤 です。 幼稚園では延長保育をしてもらい、17時過ぎに迎えに行きます。 お昼は給食、給食の無い日はパンと牛乳かジュースを持たせます。 朝食はパン、夕食は私が作ります。事前にメニューは考えておき、 準備できるものはして冷凍などしておきました。 こういう段取りをしてはおきましたが、長男が発熱でもすれば、 会社には行けなくなります。色々段取りも変わってしまうで しょう。ある種運頼みの計画ですが、他に術はないのでした。 私は、オシメも交換すれば、ミルクを作って飲ませるという ことをずっとしてきていました。だから長男は私と二人で留守 番も平気だしお出かけも平気でした。おかあさんでないと駄目 な子が多いそうですけども。 まあ大丈夫だろうという目算がありましたが、駄目でもこれし か道がありません。 未明から妻に軽い陣痛が始まりました。朝一で病院へ車で送って 行き、私はそのまま会社を休み、長男も幼稚園を休ませて家で待機 することにしました。夕方暗くなってきた頃、いよいよ産まれると いう電話が、病院からかかってきました。じゃあ行こうという時に、 長男はウンコがしたくなりました。それを始末して病院へ着くと、 既に次男は誕生してました。 さあ、ここから1週間二人きりです。 幼児には、母親がいない生活は、大層心細かったと思いますが、 彼は、弟が産まれて母親はしばらく病院に居て、家に帰って こない事、父親と二人で過す事を良く理解していました。 次男が産まれた日の夜も病院でグズグズせずに妻と分かれて 家に帰りましたし、その後母親を恋しがってぐずることもしな かったです。毎日夜病院へ見舞いに行きましたが、帰らないと ぐずることは一切ありませんでした。 まあ、少々の我侭は言ったり、好き嫌いをいう事はあったので すが、良く我慢していたのが分かります。3歳児がなかなか できることではないと思います。 彼は、私が幼稚園に毎日迎えに来ることが、普段と違って新鮮 で大層楽しかったようです。今でも思い出してそう言います。また、 留守を父親と守るという使命感とその遂行に楽しさも感じていた ようです。 それができた事を誇りに思っているようで、今でもその様な事を 楽しそうに話してくれます。 我慢ばかりではもちませんね。楽しさや使命感がなければ続きません。 達成感や誇りは必要ですね。 この経験でこの子は私への愛着が強くなったようです。私もこの子へ の愛着は強くなりました。 この子とだけの共通の思い出、繋がりができました。 これは、彼と私だけのものですね。

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