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2007/04/29

スキーと車

昔(1980年代末頃)は、GWはおろか5月末や雪の多かった年だと6月上旬までスキーに行っていた。東京でサラリーマンをしていた頃のことだ。
場所は、今も家族で毎シーズン行く志賀高原。この時期になると、滑走可能なのは、奥志賀高原と横手山、最後まで雪が残るのは渋峠になる。
周りには、この時期までスキーに行く酔狂な人はいなかったし、スケジュール調整をするのもややこしいので、金曜日に早く仕事が終わり、体調が良ければ、帰宅して短い仮眠後、未明から一人で出かける。
車には、アイスボックスとバーナー、クッカー、寝袋、お風呂セットなどがこの季節は常時に載せてあった。途中、買出しをする。土曜日一日滑って、地元温泉に入って、土曜の夜はゲレンデ近くの駐車場で車中泊(ツーリングワゴンなので一人なら余裕)。日曜日は渋滞が始まる前に早めに帰路に付くのである。なかなか快適で経済的なスキー旅行だが、女の子を誘って連れて行くのには無理がある。大体レオーネのツーリングワゴンでは、車中二人で寝るのは無理があるし、普通のおねーちゃんが好むスキー旅行じゃない。大体、当時はスキーを人に教えるなんて気が全然なかった。自分がドンドン滑るのが楽しくて一生懸命だったのだ。
当然だが、スキーはそこそこ上手になった。(じゃなきゃ困る)お陰で体力がなくなった今でも抜いて滑るコツは把握しているので、結構余裕はある滑りはできる。

若い頃は、スキーの道具も、上級モデルや競技モデルを使っていた。体重も体力もそこそこの技術もあったし。最近、初級モデルを履いているのだが、これが実に楽。楽に操作できる。まあ流石に志賀のジャイアントに氷が出ている時は、エッジは立たない。これが見事に立たないから面白い。立たなくても、ずりずりずれながら滑っていけば良いのである。別にレースに出ているわけでもないし、デモンストレーターでもないわけだから。とは言え、次に買うのは中級モデルにしておこうとは思う。

当時乗っていた車は、スバルレオーネ ツーリングワゴンでターボの上級モデル。学生時代からずっと欲しかった車だった。しかし実は300万円を越える車(そうは見えないのだけど)なので、中古の程度の良いだったけど買うまで就職後2年かかった。その後、出てすぐのスバル レガシーGTツーリングワゴン(これには15年も乗った)に乗り換え(まあ36回払い)、その後というか今は、スバル レガシー アウトバック3.0R。まあ、早い話が、社会人になって車を買ってから19年ずっとスバルに乗っている。一回ベンツの4マチックのワゴンにしようかと思ったことがあったのだけども、レガシーが3台買えるかと思うと踏み切れなかった。まあそれが分に合ったことなのだと思う。

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五月人形と家紋

Dscf0656mini 五月人形を飾った。

実は、4年ぶり。
次男が小さくて、ちょろちょろしている間は壊されると困るので、出していなかった。
彼も年中さんとなったので、まあ大丈夫だろうということで、久々に出した。
防虫剤などきちんと入れていたので虫食いは全く無いのだが、防虫剤では防げない黴が発生していた。幸いにも、表から見えない部分ばかりであったので、アルコールで盛大に掃除。箱なんかは全部天日干し。
仕舞う時は、保護の紙類やクッション類は総て新しい物に取り替えることにする。防黴の梱包資材とかあれば使いたい。少なくともプラスッチクの密閉袋に入れて、密閉して乾燥剤をぎっちり入れる心算。
でも、毎年出して飾れば、黴は生えない気はする。湿気が多いと言うより、4年お蔵入りしてたのが原因だろう。毎年出して飾ることで保存できると言うことなのだろう。

五月人形の両側の提灯が分かり易いのだが、我が家の家紋は珍しい。「丸にこと」だそうだ。
これを使っているのは、日本で我家系だけである。同じ家紋ならば、必ず親戚。
私の世代から数えると24代前に拝領したものだそうだ。詳しい伝承は伝わっているのだが、私は凡そのことしか知らない。琴と琵琶の名手が居たということらしい。そのうち本家のおじさんにきちんと聞いておこう。一族の居住地は、戦国末期の有名な「別所攻め」の地域である。まあ大分ややこしいことも多い様子ではある。なにせ家の敷地内の変なところに呪い封じの祠とかあったりするし、大きな声では言えない伝承もある。

オリジナリティの高い家紋は、伝承もあって面白いのだが、難点は、なんでも注文制作しなければならないこと。急ぎの時間に合う既製品はないし、注文するときも家紋の見本を渡さないといけない。注文制作でお金も余分にかかる。これが難儀なんだ。

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筆記用具 モンブランのセット

Dscf0643mini 最初に勤めた会社を辞めた時、退職の記念品を頂いた。
時計、筆記用具等の幾つかの候補から選ぶということだったと思う。
時計は、入社した年にボーナスつぎ込んで購入したのを持っていたので、候補からまず外した記憶がある。特に欲しい物がなかった様に記憶しているが(^_^;)、一応筆記用具(万年筆とボールペンのセット)を選んだ。これが、モンブランだったのだが、私はその様な高級な筆記用具を日常使う事はない、というか字が下手(~_~)
長らく死蔵していた。かれこれ15年(^_^;)
今年に入って、いろいろ考えを巡らせるのに、ノートに思い付きを書き付けたり、短く文章にまとめたりと手を使うことが多くなってきた。元来は、シャープペンやボールペンを使っていたが、今一つ。そこで、思い出して、モンブランの万年筆を取り出して使ってみた。これがなかなか具合がよろしい。
ちょっと興味が出て、なんと言うモデルか調べてみたのだが、どうやら万年筆は
マイスターシュテュック クラシック
の派生モデル 144NEW というもののようだ。(実ははっきりしない)
現行の145というモデルと少し異なる
どうやら5万4千円ほどの定価が付いているものらしい。
ボールペンの方は、現行モデルで
マイスターシュテュッククラシック ボールペン 164
らしい。これは3万7000円ほどの定価らしい。

合わせて9万円もする記念品だったことが分かって、結構驚いた。えらく立派な記念品だったのだ。モンブランが高級筆記用具メーカーということは知っていたのだが、こんなに高いものだとは全く知らずであった。まあ身分不相応ということだろう。
今頃になって遅いのだが、感謝する次第。いやいやえー会社ですわ。
しかし、万年筆は快適なのだが、こんな重いボールペンは使い慣れないんだなぁ。ヤフオクにでも出してみるか。(^_^;)いやいやそのうち慣れるかな。

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2007/04/28

GWの天体観望、彗星

昨年のGWは、月が小さい時期で、星空観望には好適であった。
また、ちょうどシュワスマン・ワハマン第3彗星が接近しており、かなり明るくなるとともに、核が分裂して、なかなかの見ものとなった。
私は、5/3に知人と自宅から車で1時間少々北の深山に行って、彗星と春の系外星雲や星団巡りをして、楽しんだ。かなり充実した星見だった。
今年は、月が大きくて、同じようには楽しめないのだが、ラブジョイ彗星が接近しており、観望可能だ。ということでこのところ連日未明に起きて、彗星捜しをしている。チェックをしたあと、また寝るのもなんなので、そのままデスクワークをしている。お陰で早く眠くなり、このところ寝る時間は子供と一緒である。
肝腎の彗星の方は、数日前の雨の後晴れてきた夜、なんとか存在は確認できた。8等星位と見積もったが、点像ではないので恒星よりも見え難い。小口径の双眼鏡などでは見えない様に思う。拙宅からでは、口径125mmの双眼望遠鏡と言えども、光害がかなりあるので、透明度が悪ければ、全く見えない。実際、その後、観ることができない。
今後、暗くなっていくので、小型の望遠鏡では今夜と明日の夜がラストチャンスかもしれない。
さて、あと二日頑張ることにする。

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2007/04/17

天体観望 鶴姫公園

            4月14日に070414bmini 豊中天文同好会の有志の観望会に、参加させてもらった。

場所は、高野龍神ドライブウェイの途中の鶴姫公園。標高は1000M位ある場所。大阪より南にあり、南方向は紀伊山地なので北天以外は、真っ暗なところなのですが、高層に水蒸気が多く、薄曇というコンデション。星雲星団はよく見えなかった。しかし、ほとんど無風で気流も安定して、土星と木星は良く見えた。次に来るときにはクリアな天気であってほしい。

自宅からは、日中の往路約3時間、早朝の帰路は2時間半。

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2007/04/13

老祥記

老祥記
お隣から肉まんを頂いた。三宮へ遊びにいらっしゃった由。大学が神戸だったので、昔は時々食べたが、最近はとんとご無沙汰。かれこれ十数年ぶりではないかと思う。記憶上の味の方が美味い、というのはありがちのことかな。

いつ行っても行列の店だがお持ち帰りが多い。大体一人で知人の分とか合わせて、50個入りを4つとか頼む人が多い。この肉まんは、皮が美味い、餡はそれほどではないと私は思う。

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ジュンベリー満開 過ぎ

ジュンベリー満開  過ぎ
今夜の嵐で散るでしょう。

いつもの年は、桜が散ってから咲くのですが、今年は桜と同時。暖冬のせいでしょうね。この後赤い実が沢山なります。甘酸っぱくて美味しいです。ヒヨドリと競争になります。

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2007/04/11

加古川

私の故郷です。(^_^)v

入籍で大々的に報道されて有名になるとは、彼らの有名人パワーはたいしたものだと思います。私が認識していたよりもずっと凄いです。陣内さんは、高砂南高校卒業でしたっけ。私が高校生の頃にはなかった新設校です。当時は高砂と名の付く高校は高砂高校しかなかった。団塊ジュニア対応と加古川市の神戸大阪のベッドタウン化の時期が重なり高校の新設が相次いだ時期の新設校です。子供の減った今は、このエリアの公立高校はどういう状況にあるんでしょうか。

古くからある高砂高校は、スイングガールのモデルになったブラスバンド部のある学校のはず。もちろん、加古川市にある学校ではなく、西隣の高砂市にある県立高校です。高砂は、昔から名前は有名な町ですね。

産まれてから、小学校、中学校、高校と地元加古川の公立校。大学も地元兵庫県。全くのローカル人として育ち、世間も狭かったので(加古川と神戸界隈しか馴染みがない)、就職していきなり東京勤務となってかなりストレス大きかったです。しかも入った会社は相当に活性度高くスピードも目茶目茶早かった。その頃からその後を振り返ってみると、私って結構精神的耐久力高いと思います。というか、本質がかなり楽観主義者なのかもしれません。少なくとも運命論者ではあります。

芸能人の入籍報道を見て、自分の来し方を振り返る様に脳みそが動くところが面白いです。

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2007/04/10

PC

デスクワークは、ほとんど自宅オフィススペースのPCで処理している。
手書きの文書は、実は、1986年に新社会人となる少し前からほとんど作成したことがない。(世の中の各種の定型用紙に記入する文書は別)まあ、実は字が下手だからなんだけれども(^_^;)

学生時代は、NECのPC8001とPC9801と往年のベストセラー。
会社に入ったらIBM5550シリーズと言うなんだか少し妙なシステムをのっけたやつ。会社の経理オンラインシステム端末兼用だった。
その会社を辞めて(1992年)4年ほどはPC98のノートのMS-DOSベース(まだウインドウズにはしてなかった)

その次は、ウインドウズ95が出てしばらくしてのタイミングでIBMコンパチ機。PCショップマシンだった。結構上位機種だったので、なんとかかんとか7年ほど使った。インターネットへもこのマシンではじめて繋いだ。96年頃だったと記憶している。当時は、個人向けサービスを開始したばかりのISPが大阪にAPが無くて、VANで東京のAPに繋ぐという訳の分からない繋ぎ方をしていた。個人サービスの黎明期ならではといったところだと思う。大体速度も28.8kなんて今じゃ笑ってしまう様なスピードだった。当時は、ウインドウズにネット系のツールが搭載されてなくて、その入手はPC雑誌の付録CDとかだし、用語も良く分からなくてそれなりに苦労はした。
実は、最初にインターネットに接続した際のメイルIDは今も使用している。まあ個人的には記念品的要素もあるので、ISPがつぶれない限りはこのまま使うだろう。
ネット接続でいろいろやったおかげというのか、その当時勤めていた小さな会社のLANとインターネット接続は私の手作業で構築した。(今もベースはそのまま使われている様だ)自宅の家庭内LANなども自分で作業した。実際結構苦労したんだけどこれで稼げる訳ではないだろう。(やったらやれるかもしれないけど)ある程度の経済効果は出たとはいえるだろう。

その後が、今使っているPCで2001年発売(だったと思う)のソニーのVAIOのPCV-RX73。
最上位機種で Pentium 4 プロセッサ 2GHzでメモリは増設してある。まあそいつを新型が出た際に型落ちで購入。大変お得な価格だった。
最上位機種でメモリ増設が効いているのだろう、未だに問題なく使えている。とはいえ実は、一昨年HDDが不調になり、完全に壊れる寸前にバックアップを取り、HDDの交換をし、バックアップ用外付けHDDを取り付けてある。(完全バックアップをまめに取る)HDDは、かなり過酷な動作を行っているメカなので、いつ壊れるか分からない。それでも大丈夫な体制をとっておくのは、当然というべきだろう。特に仕事で使うなら必須だ。
私は、画像や音声なんかを使った作業なんてことは、ほとんどしないので、このマシンで何等問題なく仕事はできている。XPのサポート期間中はこのまま使う心算。
多分次期マシンも最上機種の型落ちを狙う心算。(いやー貧乏人なのでね(^_^;))

まあPC歴25年ほどで個人所有機は今ので5台目。割と物は大事に使う方だと思うんですが、どうでしょう。

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2007/04/09

税金の還付

今日、銀行口座をチェックすると、残高がえらい多い。明細を見ると、先週末に確定申告した税の還付が入金されていた。なんとなく嬉しいのだが、それは不思議。本来払いすぎていたわけなんで得した訳じゃない。自営をはじめて1年目の申告は、いろいろ知識不足もあり、少々損したのは確かなのだが、授業料と思って修正はおこなわなかった。その分今回は勉強して、きちんと申告できた。(正しい申告ができただけで、別に、それで損も得もしないわけだが)

これで今年の固定資産税と自動車税を支払おう。まあ結局残りはしないんだけどね。

今年からは、小規模事業者共済(だったっけ?)を始めようと思っている。小規模事業者の一種の退職金作りの趣旨の制度。掛け金(月8万円上限だったはず)は全額損金にでき、積立金を貰う際も課税はない。

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2007/04/06

玩具売り場

玩具売り場
遊びに来るのも私の仕事 しかしこの人達、ビーナ好きです。

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2007/04/05

桜通り 去る人もあり

桜通り
八分咲きと言うところでしょう。

ここは、桜の名所で今週末は、見物人多数、車多数となって結構危険な状態になります。駐車スペースなどない単なる住宅街の道なのですが、車で来る見物人が結構いたりするのと、写真を撮るのに平気で車道塞ぐ人もいるからです。まあ、平日の昼間だとこんなもんで誰も居ません。(これは15時半位に撮影)

家に帰ってメイルチェックをすると、私が最初に勤めた会社の1期下の後輩が肝細胞癌で亡くなったとの知らせが来てました。20年前の4月に新人として迎えた人を20年後の4月に見送ることになるとは夢想だにしませんでした。言葉もありません。冥福を祈るのみです。残された家族を癒す言葉も思いつきはしませんが、彼の分まで人生を元気に泳ぎきってもらいたいと思います。

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2007/04/02

蟻道

玄関の柱と壁のつなぎ目に密かに走っているのを実家で見つけてしまいました。母屋の1階の南1/3に結構大規模に巣くっているのではないかと思われます。駆除せねばなりませんが、床下にもぐり込めない造りなので、床板をはぐことになるでしょう。どうせ食われいるので構いません。一部畳も食っている節があります。難儀なことです。

シロアリ駆除業界って、いろいろトラブルが多いところなので、引き締めてかからねばなりますまい。業界トップ企業でも、無茶やって処分くうところですからね。

実家は、どうしたって湿気を排除しきれない構造なので、本来的には、1階は防湿断熱した上にコンクリを流した上に直接床板を張る、床下無しの造りにするのが、シロアリ対策にもベストだと思っています。しかし、まあ当面は対症療法です。

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