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2009/10/29

箕面山ハイキングコース 医王岩-二十二曲がり-才が原池-白島愛宕社-白島

月初に扇の山に行ってから全く歩いておらず運動不足気味。時間を作って歩いてきました。

9:45 自宅発  10:00 医王岩  10:25 二十二曲がり終点のベンチ 10:50 才が原池

いつもよりゆっくりめ。

才が原池には、私より少し年上っぽい男性ハイカーが一人石のベンチで休憩されていた。「こんちわ」と挨拶する。
ちらと見ると、トランギア、十字型の五徳、メスティンがセットされていた。
ここでこれからご飯を炊いて食べようということだろう。
熱源もクッカーも渋いねぇ。
かなり経験ある感じ。
服装、帽子は今風。でもこなれている。お店で勧められたので買いました、って感じではない。

ちょっとお話していこうかと思ったが、のんびりされているのをお邪魔するのも悪いので、私はさっさと池から退散。

帰り道は、来た道を単純に戻るのではなく、二十二曲がりの上部のベンチから少し下がったところにある分岐(道標あり)から白島愛宕社へ向かうことにする。
医王岩-二十二曲がりコースと比べると歩く人は少ない感じ。踏み跡はしっかりしている。
しかし途中(分岐から5分ほど)で突然踏み跡が消失。よく見ると、トレース脇の松がトレールの上に倒れて、トレールを隠している。脇を回って倒れた松の前に出ればルートに復帰できた。復帰した地点から下を見ると10mほど下に愛宕社(小さな祠)が見えている。

愛宕社に参拝してから下り始める。この祠は、夏の終わりに昔から松明を持ってお参りするお祭りがある。まんどろ火祭りというのだが、一時絶えていたらしい、最近復活して毎年参加する子供の募集がある。

そのまま下って、箕面トンネル入り口の白島交差点に出る。

自宅着 11:50

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2009/10/18

ドイツ映画『Nanga Parbat』

前に魔の山として書きました。
ナンガパルバット ルパール

ドイツ映画『Nanga Parbat』
ドイツでは2010年1月14日公開。
予告編が公開されてます。


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2009/10/03

ピエール・マゾー氏、80歳。8/20

ボナッティの本を読み返していて気になったので検索してみたら、80歳になられてご健在でありました。

「フレネイの悲劇」でボナッティと共に生還したクライマーです。
フランス人初のエベレストサミッターです。その後政界入り、政治家・法律家として活躍。市長、スポーツ大臣から憲法院院長まで務めました。

いつまでもお元気で。

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追悼 ゴー・ミスンさん

時間が空いてしまいましたが、彼女の冥福を祈ります。
ナンガパルバットはやっぱり魔の山ですね。

7/10のニュース==========

女性初の8000m峰14座登頂をめざす韓国のオ・ウンソンが9日、ゴー・ミスンが10日、いずれもナンガパルバット登頂。
これでオ・ウンソンは12座、ゴー・ミスンは11座登頂。

登頂後、ゴー・ミスンはスカルドで休息後、ガッシャブルム1~2峰の連続登頂を目指す予定。
オ・ウンソンはガッシャブルム1峰をめざし、その後最後に残ったアンナプルナに挑む予定。

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なかなかの強行スケジュールで14座登頂を目指しているなぁ、と思いました。
なんとなく大丈夫かいな? とも思ったのですが、

その直後7/12に悲報が入りました。===========

ナンガパルバット登頂後、フィックスロープの途切れる6200m付近でゴー・ミスンが滑落、死亡が確認されたと駐パキスタン韓国大使館が12日公表。

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ゴー・ミスン女史はコンペクライマーとして有名なので、クライミング系の方なら知っている人も多いと思います。
その後高所クライマーに転進して女性初の8000m峰14座登頂を目指してました。

彼女はなかなか良いコメントを残しています。

『強いということは歯をくいしばってこらえるのでなく、どこでも笑うことができるということ』 
 ゴー・ミスン

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